Records of the Persian Gulf War
1988年8月のイラン・イラク戦争終戦時に、実質的に国家として破産していたイラクは、債権国のサウジアラビアとクエートに債務返済免除の圧力をかけるも、拒絶されます。また、OPEC生産割当を超過した原油生産が原油の市場価格の低下をもたらし、イラク経済にダメージを与えているとの非難をクウェートに浴びせ、1990年7月初旬には、クウェートに対する軍事行動も辞さないとの声明を発表するにいたります。7月23日、アメリカCIAは3万のイラク軍がイラク・クウェート国境地帯に移動したことを報告し、ペルシア湾の米艦隊は警戒態勢に入ります。7月25日、バクダッドでサダム・フセインと会談したアメリカ大使グラスピーは「アラブ間の紛争にアメリカは介入しない」と発言します。7月31日、イラクとクウェートの交渉は決裂し、8月2日、遂にイラクはクウェートに侵攻します。臨戦態勢に入っていなかったクウェート軍部隊はイラク軍に降伏するか、隣国サウジアラビアに逃走しました。イラクのクウェート侵攻は国際的非難を浴び、国連安保理事会は対イラク経済制裁を決議、ブッシュ大統領は米軍をサウジアラビアに派遣し、同盟国にも軍隊の派遣を要請、多国籍軍が形成されます。イラク軍を駆逐する作戦は、翌年1月17日の空爆に始まり、2月23日には地上軍が投入されます。戦争は多国籍軍の圧倒的勝利に終わり、クウェートは解放されました。
本コレクションは、イラクのクウェート侵攻に対するアメリカの対応を外交と軍事の両面から明らかにするものです。ホワイトハウス記録管理局のSubject FileとStaff and Office Filesの資料を原資料とする本コレクションは、湾岸危機に直面したブッシュ政権の一連の政策プロセスを克明に記録するものです。Subject Fileは議会要人、ブッシュ政権要人の書簡、覚書、報道資料を、Staff and Office Filesは記録管理局スタッフの書簡、覚書、記録管理局の発行物を収録します。本コレクションには、国家安全保障会議(NSC)のファイルも収録されています。同ファイルは、イラク大量破壊兵器の査察、多国籍軍形成を促した外交努力、湾岸戦争以前のアメリカのイラク政策、アメリカのクルド人難民支援、ペルシア湾での軍事作戦等の主題を扱っています。
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